
写真によって時間が分節化されない。こと。
昨年末に体調を崩して、一時熱を出し、副鼻腔炎が悪化して鼻・のど・せきの症状が一向に収まらない。もう新年を迎えて1週間以上ずるずると引きずっている。
午後、近くの耳鼻科にいってきた。いままで結構な数の耳鼻科にかかってきたが、この医院の設備がしっくりきている。
平日の午後、16時ごろ。すいている時間帯。
待合室で待っていると、お母さんと子供3人。長女、長男、次男。待合室の自動ドアが開くや否や、男の子(次男)が駆け込んできてベンチに一目散に向かいでんぐり返しをし始めた。
し始めたとおもうや、医院入り口の下駄箱に駆け戻り色違いのスリッパを左右一つずつはいてみる。お兄ちゃんと一緒にスリッパを分け合っている。
一番下の男の子を診てもらいに来たようだ。
男の子は英語の文章がプリントされたトレーナーを着ている。
LIFE IS NOTHING WITHOUT
そこまでしか読めない。WITHOUTに続く文字が、何なのか。どうしてもみえない。動き回って補足できない。
かといってじっと、目を凝らすのはおかしい。
LIFE IS NOTHING WITHOUT
LIFE IS NOTHING WITHOUT
WITHOUT
ガラスに転写された診療時間情報の文字列の影が待合室のかべにぼんやりとうつっている。
そのそばを子どもが通るたびに、子どものくっきりとした輪郭の影が重なる。言葉の意味がぼやけて、言葉ではないからだ、ものそのもの自体が強くそこにあるように。
それなしではいきていけないの。
これなしではいきていけないもの?あなたは?あなたにはある?
LIFE IS NOTHING WITHOUT